【花粉米】⑤《インタビュー》「国民病のスギ花粉症対策に日本の農家が役立つことを夢見て」Part 2

花粉米 インタビュー

花粉症クエストでは、花粉症対策で注目を集めているスギ花粉米とは何かを数回にわけてひも解いていく連載企画をお届けしています。

『知っておきたい!花粉症対策に期待が高まる花粉米のすべて』

【シリーズ目次】

第1部「免疫のしくみと免疫療法」Part 1    Part 2

第2部「遺伝子組換え技術を知る」Part 1    Part 2

第3部「お米のすぐれた機能」Part 1   Part 2

第4部「スギ花粉米ができるまで」Part 1  Part 2

第5部 「国民病のスギ花粉症対策に日本の農家が役立つことを夢見て」【インタビュー】Part 1  Part 2

シリーズ企画最後の第5部では、スギ花粉米開発のキーマンにさまざまなお話を伺いました。今回はそのPart 2になります。

Part 1はこちら。

花粉米のすべて

『知っておきたい!花粉症対策に期待が高まる花粉米のすべて』

【シリーズ目次】

第1部「免疫のしくみと免疫療法」Part 1    Part 2

第2部「遺伝子組換え技術を知る」Part 1    Part 2

第3部「お米のすぐれた機能~スギ花粉米を徹底理解」Part 1   Part 2

第4部「スギ花粉米ができるまで」Part 1  Part 2

第5部「国民病のスギ花粉症対策に日本の農家が役立つことを夢見て」Part 1  Part 2

1~3が(Part 1)に、4~7が(Part 2)に掲載されています。

スギ花粉症のつらい症状を抑えるばかりか根治まで期待できる、そんなお米を日本の農家が作れたら。さぞや国民の健康に貢献でき、衰退している農業の復活にもつながる。そんな想いから始まったのが農研機構の「スギ花粉米開発プロジェクト」だ。

現在、スギ花粉米の実用化に向けたさまざまな条件整備を手掛ける主席研究員の高野誠さんに、プロジェクトの経緯や展望、農研機構が手掛けるバイオテクノロジーの取り組みなどについてお話を聞いた。

4.プロジェクトのふたつの壁

Q:GMPの問題とは?

*GMPとは「Good Manufacturing Practice」の略で、製造業において必要な製造管理及び品質管理のこと。誰が作業しても、いつ作業しても、必ず同じ品質・高い品質の製品を作るために、行うべきこととも言い換えられる。

パック米が医薬品になるということは、お米そのものが原薬になることを意味します。原薬はGMPに従って製造されなければいけません。そして治験に使うお米は治験薬GMPに従って製造されないと治験に使えないルールなのです。そこで私たちも治験薬GMPの作成にとりかかりました。

ところが田んぼで栽培する工程を製造基準化することができるのかという問題がおこりました。確かにお米は比較的たんぱく量の制御をしやすい作物なので、たんぱく量をある一定の範囲の中に収めることはできると考えていましたし、PMDA(薬事承認審査機関である独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)からも、製造プロセス(栽培工程)のそれぞれの工程において品質に影響を与える要素を整理した上で、最終製品における有効成分の含有量を所定の範囲に収めるために最も重要な工程を特定して、そこでの再現性が担保できるようなGMPを作成すればいいとも言われましたが、PMDAがそれを正式に承認するにはどのぐらい時間がかかるか不透明でした。それではいざ実用化のために治験に入ろうとしても治験に入れないことになってしまうのです。

そのとき思いついたのが、お米の中で改変型ペプチドが蓄積されているプロテインボディⅠこそが有効成分であり、プロテインボディⅠだけを取り出して製品(カプセル剤)にした場合、プロテインボディⅠが原薬になるとうことです。するとお米は原薬ではなく原料になり、GMPは原薬の製造基準ですから、お米の栽培はそこから外れるわけです。またカプセル剤であれば薬局など従来の薬の流通にも支障が起こらないというメリットもありました。

更にこれでもうひとつ問題が解決しました。研究目的で遺伝子組換え作物を栽培するときは通常「研究一種」といって文部科学省に申請するのですが、治験のために遺伝子組換え作物を栽培する際には「産業一種」といって産業官庁に申請承認の必要があります。もしお米そのものが原薬であれば産業官庁は厚生労働省でしょうが、お米がGMPから外れたのであれば申請先の産業官庁は農林水産省で問題ないだろうということになりました。つまり、将来実用化目的のスギ花粉米を栽培するために第一種使用等の承認申請を行うときは農林水産省にすればいいことが明確になりました。

Q:ヒトでの有効性の問題はどうなりましたか?

スギ花粉米実用化のためには、製薬企業にもプロジェクトに参画してもらう必要がありました。製薬企業は総じてプロジェクトに興味をもってくれるのですが、動物試験の結果だけではなくヒトでの有効性のデータが求められました。

そこで東京慈恵会医科大学の斎藤三郎先生にお願いして臨床研究を行い、ヒトに効くかどうか調べることにしたのです。2013年から2014年のことでした。

関連記事:知っておきたい!花粉症対策に期待の花粉米のすべて③「お米のすぐれた機能」(Part 2)

最初に健常者を対象にスギ花粉米を食べてもらって安全性を評価しました。それが問題なしという結果になったので、2013年12月より有効性評価に移りました。30人のスギ花粉症患者をスギ花粉米とプラセボ米、それぞれ80gを食べる2つのグループにわけて24週間パック米を摂取してもらいました。その結果、副作用はなく血液検査による免疫細胞の抑制(免疫寛容)も確認できました。しかし鼻水、鼻づまり、くしゃみなど臨床面(症状の改善)での評価は統計学的に効果があるとまではいいきれませんでした。

Q:なぜ臨床面での有効性が確認できなかったのでしょうか。

スギ花粉米を食べる開始時期が遅れた患者がいたことや前のスギ花粉シーズンに作られたIgE抗体が一部残っていることが原因と考えられます。

長年スギ花粉に暴露している患者はIgE抗体がすでに体内に沢山存在しています。スギ花粉米を食べることでIgE抗体をつくる元であるT細胞はその指令を出さなくなるので新たにIgE抗体が増えることはないはずですが、以前から存在しているIgE抗体はまだ体内に残っているのです。それは時間の経過とともに消滅していくので、1年の臨床研究では症状が改善されなくても翌年以降は仮にスギ花粉米を食べなかったとしても症状が抑えられていくと考えています。これは免疫寛容の原理そのものです。

臨床研究を1年で終了させたことで中途半端な結果になってしまったと、今でも非常に残念に思っています。

5.プロジェクトは新しいフェーズへ

Q:そこで2016年から再度の臨床研究チャレンジになるのですね。

スギ花粉米を医薬品として実用化しようとしたアグリヘルスプロジェクトは2014年で終了しました。その後も後継プロジェクトを模索してきたのですが、実現しませんでした。この空白期間は、実用化の推進にとっては痛い足踏みでしたが、もう一度実用化の意義について考え直す良い機会にもなりました。医薬品として何とか実用化しやすいようにとの思いから、パック米からカプセル製剤へと剤形を変えていったのですが、そのまま食べて効果があるものをわざわざ手を加えて高価な薬として製薬企業から販売することが私たちが目指してきたものなのか?と自問した時、やはり、食品として気軽に食べてしかもスギ花粉症が改善するのが一番良いのではないか、という思いに立ち戻りました。

ただ、食品にしても、製品化に関して私たちは門外漢ですので、これまでのように私たちが「このように開発したい」というのではなく、プロジェクトで得られたノウハウや反省をベースにして、「こんないい素材とその実用化に向けた多くの知見・情報がありますので、どなたか一番いい実用化の形を考えてみませんか?」と、広く門戸を開く、オープンイノベーションのスタイルで実用化を進めることにしたのです。

2016年には、先ほど述べたように「スギ花粉米の実用化に向けた研究計画」を公募し、大阪はびきの医療センター(旧、大阪府立呼吸器・アレルギーセンター)と東京慈恵会医科大学からの研究計画を採択しました。両機関ともに、臨床研究を実施する提案だったので、相互のデータが比較できるように試験プロトコールを合わせる調整をしたうえでスギ花粉米を提供し、臨床研究を実施してもらっています。前回の臨床研究の反省をふまえて、今回こそ症状の改善が実証されることを願っています。

Q:臨床研究の結果が待ち遠しいですが、農研機構の役割としてこれからどういうところに力を入れていくのでしょうか。

現在は研究段階ですので私たちが農研機構の隔離ほ場で栽培していますが、実用化のフェーズになれば一般のほ場で栽培することになります。しかし、これまで日本ではお米に限らず遺伝子組換え作物を一般ほ場で栽培したことがないので栽培ルールが存在していません。

研究所の隔離ほ場でのルールをそのまま現場に移行したらコストが高いものになり現実的ではないでしょう。逆に、遺伝子組換えイネを栽培する場合、隔離ほ場を他のほ場から30m以上離さなくてはいけないというルールで運用していますが、研究所の外で栽培する時は周辺の農家により配慮して30mという基準をもっと遠くに離す厳しいルールにするべきという意見もあります。

スギ花粉米を栽培したいと興味をもってくれている中山間や離島の農家も数多くいますので、我々の役割のひとつとしては隔離ほ場での栽培経験やノウハウを提供し、行政との橋渡しをしながら一緒になって製品化のための栽培ルールを策定していくことだと思っています。

スギ花粉米が食品なのか医薬品なのかによっても栽培ルールは変わってきますが、例えば最初は特区のようなところで時限立法的なルールで栽培を行ってみる。実際に栽培してみると研究所内の隔離ほ場では分からなかった問題点がでてきたり、安全性を担保しながらもコストダウンにつながる方法がみつかると思います。現場で経験を重ねながら正式なルール作りをしていくのが最も近道ではないでしょうか。

6.農研機構のバイオテクノロジーの取り組み

Q:農研機構ではスギ花粉米以外にも遺伝子組換えで健康に役立つお米を開発していると聞きました。

すでに動物実験で安全性や有効性が確認されたものとしてこのようなものがあります。

 生物研(現、農研機構)で開発された遺伝子組換えイネ(機能性成分米)

遺伝子組換えイネ 機能性成分米

健康に役立つ成分を組み込んだ機能性成分米以外にも、複数の病気への抵抗性を強化したお米、光合成を活性化したお米、モミの数とモミの大きさを改変したお米などを遺伝子組換え技術を含めたゲノム編集技術で実現しています。こういったものは国内よりもアジアやアフリカのように米食が拡大している地域で農薬を減らしながら収量をアップできる品種としてニーズがあると考えています。

今後はますます消費者のニーズにあったものを新規開発するよう努めていきます。また、これまでは論文で発表することを念頭にチャンピオンデータとよばれるはっきりしたデータがとれる材料を選んで研究を行っていましたが、それが実用化のときには障害になることもあります。今では、研究の早い段階から研究には面倒であっても実用化を念頭に置いた材料や方法で開発を進めたり、これまで開発したものでも実用化に向けてバージョンアップを行ったりしています。

Q:遺伝子組換えカイコのお話も聞かせてください。

2000年に生物研(現、農研機構)は世界で初めて遺伝子組換えカイコを作ることに成功しました。

現在、遺伝子組換えカイコには2種類の実用化の方向性があります。

ひとつは医薬品をつくるカイコで、閉鎖されたところでカイコを飼育し糸の代わりに医薬品の原料を産出させます。遺伝子組換え大腸菌はインシュリンのような単一のタンパク質だけを生産するのには向いていますが、複雑な成分をつくるにはカイコに強みがあります。すでに医薬品向けカイコはメーカーが実用化に取り組み始めています。

もう一つは光るシルクなど、機能性やファッション性を持った絹糸をつくるカイコです。医薬品に比べて圧倒的に量が必要になるので、閉鎖空間での飼育ではとても足りません。そこで一般の養蚕農家に光るシルクのカイコを飼育してもらえるように農林水産省に第一種使用等の承認申請を行いました。農水省の生物多様性影響評価では学識経験者から問題はないとの評価結果がでて、8月25日までの締め切りでパブリックコメントが実施されているところです。もしかするとそんなに遠くない将来、光るシルクでできたドレスが街のショーウインドウに並べられているかもしれません。これが人気になれば、日本全国で200件にも満たないまでに減少してしまった養蚕農家の新しい活路になると期待されています。

蛍光絹糸で制作したウエディングドレス
白色灯下と青色 LED (黄色フィルター使用) 照明下でそれぞれ撮影

遺伝子組換えカイコ 光るドレス

農研機構より提供

*ウエディングドレスは (株) ユミカツラインターナショナルと農研機構が共同で制作

*参考:遺伝子組換えカイコの第一種使用等に関する審査結果についての意見・情報の募集(パブリックコメント)について

7.スギ花粉米にかける想い

花粉米にかける想い

インタビューに答える高野誠さん

Q:最後に今後の抱負をお聞かせください。

養蚕農家もそうですが、日本の農家は高齢化が進み、大規模化して効率化できないところは現在の担い手がいなくなると農業をやめてしまう危機的な状況です。またグローバル化が進む中で、世界での競争力を高めていかなくてはなりません。

このような背景の中、スギ花粉米開発プロジェクトは始まりました。国民の4分の1が悩んでいるともいわれるスギ花粉症の予防や治療にお米が役立てば、国民にとっても農家にとってもwinwinの関係になるからです。

また、ひとつ成功事例ができれば、お米が持っている理想的な薬物輸送システムをプラットフォーム化して国内外で多方面に応用できると思っています。

とうもろこしやダイズなどの遺伝子組換え技術ではグローバル種苗企業にかないませんが、お米の遺伝子組換えでは我々が一歩も二歩もリードしています。これこそまさに日本の農業を戦略的成長分野にするひとつの方策だと思っています。

そのためにもスギ花粉米が一刻も早く実用化されることです。あくまで私見ではありますが、せっかくお米という食べ物を使っているので、医薬品というより食品として消費者が口にできたらよいと考えています。一般論として医薬品になるには時間もコストもかかりますので、当然薬の値段も高くなる。最近は機能性表示食品制度もできましたし、未病対策や予防医療の重要性が広く認識され始めています。スギ花粉米の実用化にあたっては医薬品と食品の中間のような新しいジャンルができてもよいと思います。

まだまだやるべき課題はたくさんありますが、農家の方やスギ花粉症に悩む人々が笑顔になる日を夢見てチームで力を合わせてこれからも日々まい進していきます。

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