日本人の4人に1人がスギやヒノキの花粉症に悩んでいるといわれていますが、昨年12月に発表された東京都花粉症調査結果では都民の2人に1人が花粉症と推定され、その数は10年前から17%も増えていることがわかりました。このように多くの日本人が苦しむ花粉症に対して、大気中に花粉症の原因物質アレルゲンが花粉から放出されていることを発見し、花粉アレルゲンとPM2.5 などの大気環境との関係性を解明することで問題究明に取り組んでいるのが、埼玉大学大学院教授の王青躍先生です。
王先生が提唱する『花粉爆発』理論は、「たけしの家庭の医学」「Nスタ」などのテレビ番組でも多数取り上げられ、先生は花粉研究第一人者として大変注目を集めています。
そこで今回は、王先生にインタビューを行い、花粉アレルゲンや花粉観測方法の実態、中国都市部の花粉症の現状など、花粉症に関わる興味深いお話を伺いました。
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【夏の花粉情報】7月、8月は何の花粉症?地域ごとの花粉症の原因となる花粉飛散情報や症状の特徴、対策法について
目次
1.大気中にアレルゲンが粒子化して存在していることを発見
Q:花粉症の原因となる物質はアレルゲンと呼ばれるたんぱく質だと聞きました。
アレルゲンは「抗原」とも呼ばれます。わたしたちの免疫機能には花粉やダニ、食物など異物と判断した「抗原」に対して、身体の中に「抗体」をつくって攻撃したり排除する仕組みがあります。これが花粉症などのアレルギー反応で、抗体が抗原と結合すると目のかゆみ、鼻水といったアレルギー症状が発症します。
スギやヒノキの花粉の表面や内部には、抗体が反応する特定のたんぱく質があります。それが抗原またはアレルゲンたんぱく質です。
スギでいうと「Cry j 1」と「Cry j 2」、ヒノキでいうと「Cha o 1」と「 Cha o 2」が代表的なアレルゲンたんぱく質です。
DAIKIN ウェブサイトより引用
Q:ブタクサなどの草木でもアレルゲンが発見されているのでしょうか。
ブタクサの代表的なアレルゲンには「Amb a 1」が、ヨモギには「Art v 1」があります。
植物のアレルゲンについては数十年前から研究が進んでいましたが、花粉と一緒に存在しているものとして主に研究がなされてきました。
Q:アレルゲンが花粉から離れて存在していることもあるのでしょうか。
都市部大気中にはPM2.5などの微小粒子が浮遊していますが、それらと一緒に花粉アレルゲンのCry j 1、Cha o1、Amb a 1、Art v 1 が含有していることを、私の埼玉大学研究室の実験で初めて発見しました。
例えば、埼玉大学総合研究棟10階と正門近くの道路端にアンダーセンと呼ばれるサンプラーを用いた実験(「さいたま市空中のヒノキ花粉とアレルゲンの飛散挙動」)を行った時のことです。その時はスギ花粉の飛散ピークが通り過ぎても、大気中に高いスギアレルゲン濃度が計測されました。これは一度飛散した花粉からなんらかの原因でCry j 1が粒子化して再飛散していることを示しています。
Q:アレルゲンが粒子化して花粉から放出される原因は何ですか。
粒子化される原因のひとつは、花粉が破裂することです。花粉は大気中の湿気を含むと大きく膨張します。そこにPM2.5などの大気中の物質が接触したり衝突すると花粉が破裂しやすくなります。よく雨の日の翌日に花粉症がひどくなるといわれますが、雨で花粉が破裂しアレルゲンが放出されているためです。
高い湿度時、花粉粒径は26.37mmであったのに対して、破裂直前では32.56mmとスギ花粉粒が膨張していく様子(埼玉大・王青躍教授提供)
アレルゲンが放出されるもうひとつの原因は、乾燥によるものです。スギのCry j 1、ヒノキのCha o 1は花粉の表面に存在していますが、乾燥によってそれらが剥離してしまいます。乾燥で人間の頭皮からフケが出るのと同じ原理ですね。
花粉のアレルゲンが乾燥によって表面から剥離のイメージ図(埼玉大・王青躍教授提供)
また、春の偏西風で大陸から飛んでくる黄砂にはカルシウムイオンが多く含まれています。カルシウムイオンによって花粉は破裂しやすくなったり、表面部分が剥離しやすくなることがわかっています。例年、3月に飛散がピークになるスギ花粉は黄砂の影響を受けやすいのですが、4月にピークになるヒノキは多く影響を受けることはあまりありませんでした。しかし今年はヒノキが早い時期から大量に飛散していますので、今研究室で行っている花粉や花粉アレルゲンの実験にどういう影響がでるのか楽しみです。
2.大気汚染の影響を受けた花粉アレルゲンは癌(がん)を引き起こすことも
Q:粒子化したアレルゲンで花粉症の症状も変化しますか。
スギやヒノキの花粉サイズはだいたい30μmです。そのサイズで目や鼻に侵入してくると、目や鼻の粘膜でブロックすることができます。花粉症で目や鼻の症状が多いのはそのためです。ところが、粒子化されたアレルゲンだと1μm以下のサイズになっていることもめずらしくありません。または、PM2.5などの微小粒子に花粉アレルゲンが吸着して飛散していることもあります。そのような微細な粒子だと目や鼻の粘膜を通過して、喉や気管支、肺にまで侵入することが可能です。すると喉のかゆみや痛み、咳が起こったり、さらには喘息が発症することもあります。
Q:花粉アレルゲンは大気環境からも影響を受けるのでしょうか。
大気中には、自動車排気ガスから生じた窒素酸化物、石油や石炭などの化石燃料が燃えるにときに排出された硫黄酸化物、またはアンモニアなどが存在しています。それらによって粒子化された花粉アレルゲンが修飾されると(影響を受けると)、アレルギー性が増大化(悪性化)するという抗原抗体反応の結果が得られました。アレルギー反応(抗原と抗体反応)が通常よりも1万倍にもなったこともあります。つまり大気汚染で花粉アレルゲンが修飾されると花粉症の症状がひどくなるということです。
また、花粉症が発症する身体の部位はアレルギー症状によって傷ついています。そこに発がん性物質と一緒になったアレルゲンがダブルパンチのように作用して、弱っている細胞が潜在的な腫瘍細胞に変化してしまう「癌のイニシエーション段階」にすすんでしまうこともあります。例えば、感作しやすい状態になっている肺細胞にアレルゲンと発がん性物質が侵入し二重に作用すると癌細胞化する準備が整ってしまったり、そこに春先の黄砂が影響すると三重で肺細胞に重い負荷がかかるわけです。
3.今年の花粉症は目がかゆい?
Q:「今年の花粉症は目がかゆい」とよく聞きます。なにか理由はありますか。
3月中旬ごろから季節はずれに暖かい晴天の日が何日もありました。そのためスギもヒノキも大量に飛散しています。スギ花粉は今の時点ですでに昨年の4倍~5倍の量が飛散しています。ヒノキ花粉は通常、4月に飛散がピークになるのですが、今年は3月中旬から飛散が多くみられました。ここしばらくの間でもっとも飛散量が多いようです。
スギもヒノキも飛散量が多いことに加えて天気が崩れないことから、花粉が荒れないで形が保持されたまま飛散していると推測できます。花粉のままのサイズであれば目の粘膜や神経を刺激してしまうので、目の症状が目立つのではないでしょうか。
➡埼玉大・王教授のセミナー講義
花粉症の原因はPM2.5?花粉症で気管支炎や喘息が発症する理由と対策法の注意点
4.花粉アレルゲン計測の実現に向けて
Q:花粉はどのように計測されているのでしょうか。
現在、気象庁や民間の気象観測会社などから提供されている花粉飛散情報は主にスギやヒノキなどの直径30μmサイズの花粉の数を計測しています。
その方法として主流のひとつがダーラム法と呼ばれる計測法です。しかしこの方法はあくまで重力で落下してきた花粉の数をカウントしているだけなので、人間の呼吸メカニズムとは異なります。人間は呼吸器系で空気を吸っており、その中に花粉やアレルゲンが含まれているから免疫機能が応答しアレルギーが発症します。よって、できるだけ人間の身体に花粉が侵入するのに近い条件で花粉計測を行う方が花粉症の方には参考になると思います。その点、KH3000やバーカード(Burkard型花粉捕集器)などはポンプで空気を吸引し一定の体積あたりの花粉数をカウントするので、人間の呼吸メカニズムに近い計測法といえます。
現在の主な花粉計測法
●Durham型花粉捕集器(ダーラム法)
重力によって落下してきた花粉をワセリンを塗った水平に設置したスライドガラスによって補集。1cm²当たりの花粉個数をカウントする。人の目で数えるため測定者の能力に左右されるが、花粉の種類の識別が可能になる。
●リアルタイム花粉モニターKH3000
4.1L/minの空気吸引により花粉を捕集し、吸収した粒子にレーザー光を照射し散乱光を検出することで、1m³あたりの粒径28~35μmの球形粒子を自動計測する。花粉数のリアルタイムな観測が可能になるが、花粉以外の粒子を間違ってカウントしたり、花粉の種類を識別することはできない。
●Burkard型花粉捕集器
10L/minの空気吸引により、1時間に2mmずつ回転するドラムに巻かれた、ワセリンを塗布したビニールテープで捕集し、1週間の自動観測を行う。花粉の個数をカウントするのは人の目で行うため、測定者の能力に左右されるが花粉の種類の識別が可能になる。
東邦大学HPより引用
●AHV(アンダーセン・ハイボリウム・エアサンプラー)
多孔ジェットノズルを持ったステージと石英繊維の捕集紙が積み重なった構造を持ち、1.1μmから7.0μmのエアロゾル(気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子)を4段階に分級捕集できる。
Q:王研究室では新しい花粉計測器を研究開発中と聞きました。
現在私の研究室で開発している「花粉カウンター」はドローンにも搭載できる小型軽量な計測器です。柴田科学(株)と共同で設計した小型のデジタル粉じん計に花粉と想定される粒子だけを捕集、計測します。
なぜドローンを用いて150m程度の高さの空中で花粉計測を行うかというと、飛散した花粉は通常1、2時間で地上に落ちてくるのですが、実際には地上より空中の方が花粉や花粉アレルゲンの濃度が高いことがわかってきたからです。同じように黄砂も大気中を飛散し地上に落下してきますが、黄砂が花粉にどのような影響を及ぼしているのかなども今後は調査していきたいと考えています。
Q:ここまでのお話で花粉飛散量だけでなくアレルゲン飛散量にも気をつけなくてはいけないことがわかりましたが、アレルゲン飛散量の計測方法はあるのでしょうか。
私の研究室では花粉アレルゲンセンサーも研究開発しています。画像処理や蛍光認識などの技術を使って大気中の花粉アレルゲンを識別しアレルゲン量を測定できる小型センサーですが、数年先には実用化できるのではと期待しています。ただし、花粉の種類ごとのアレルゲンを区別できるようになるのはこれからの研究課題です。
5.中国や韓国にも花粉症はある?
Q:王先生は中国・上海ご出身ですが、中国にも花粉症はありますか?
上海、南京などの大都市部で花粉症問題は広がりつつあります。原因はフランスから輸入した街路種のスズカケノキ(プラタナス)です。
スズカケノキ(Lamiotより引用)
Point! スズカケノキ(プラタナス)とは
スズカケノキは、スズカケノキ科スズカケノキ属の落葉樹で高さ20~30メートルになる。北半球に自生する樹木だが、世界四大街路種のひとつとして街路樹や庭園樹として世界中で多用されている。日本へも1900年ころに渡来した。
スズカケノキの主な花粉アレルゲンはPla a 1、Pla a 2と呼ばれています。中国の花粉問題研究の第一人者で、私と共同研究をすすめている上海大学の呂教授によると、上海都心部の大気ではPla a 1よりもPla a 2の濃度の方が高い傾向があるそうですが、その理由はまだ明らかになっていません。
スズカケノキの花粉飛散時期は春です。スズカケノキのアレルゲンたんぱく質と、スギやヒノキのアレルゲンたんぱく質との間には共通抗原性があることがわかっています。つまり、スギやヒノキの花粉症の人で春先に上海に行く機会があればマスクなどでスズカゲノキの花粉を予防することをおすすめします。
Q:中国でも花粉飛散情報が提供されているのでしょうか?
PM2.5の飛散情報はすでに提供されていますが、花粉飛散情報はまだありません。現在、中国では大気汚染問題の方に注目が集まっていて、花粉症の問題にまで手がついていません。しかし特に子どもたちの間で花粉症と思われる症状を患っている子が増えているように感じています。
Q:韓国でも花粉症はありますか?
韓国は北海道と同じくシラカバ花粉が原因の花粉症があるようです。しかし、韓国でもPM2.5やPM10の大気環境問題の方が喫緊の課題となっています。
韓国には中国ルートだけでなく、ロシアやモンゴルルートでPM2.5などが飛来します。ロシアやモンゴルは石炭火力に頼っており、それが原因の大気汚染物質が冬の時期には北風に乗って朝鮮半島まで飛んでくるのだと思います。
6.世界の生活の質(QOL)に役立つ研究を
Q:最後に王先生の今後の抱負を教えてください。
花粉アレルゲンが原因の花粉症問題は日本だけの問題ではありません。すでに米国ではブタクサ、欧州ではイネ科雑草が原因の花粉症問題が表面化していますが、中国をはじめ新興国の間でも花粉症はこれからもっと問題視されると思います。
花粉症問題の解決には、大気中で花粉アレルゲンが他の微小粒子からどのような影響を受けているかなど、大気環境の実態を究明することが求められます。それが明らかになれば世界の人々の生活の質(QOL)の向上に役立つ情報、商品などの実用化につながると考えています。私の研究室では世界のQOLに役立つ研究をこれからも続けていきます。
Q:本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
●王青躍教授のプロフィール
王青躍先生は現在、埼玉大学大学院において
- 花粉症原因物質、特に微小粒子、PM2.5などに関する研究
- 環境汚染物質の計測、汚染源同定・評価手法について研究
- 枯渇性資源と再生可能資源・エネルギーの高効率利用システムの開発、廃棄物の処理・資源化技術の実用化についての研究
などを行っています。
- ご出身:中国上海市
- 1982年上海大学冶金化学学部卒業
- 1988年来日
- 1992年埼玉大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。修士(工学)
- 1995年埼玉大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)
- 2002年埼玉大学大学院理工学研究科助教授
- 2017年埼玉大学大学院理工学研究科教授
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