私たちの病気に処方される薬は、国のルールに則って試験され効能効果が確認されたものが厚生労働省から認可を受けて販売されています。それは花粉症に用いられる薬も同じです。
国民病ともいわゆるスギやヒノキの花粉症は、2月から5月の春の時期に発症します。それ以外の時期にスギ花粉症やヒノキ花粉症になることはほとんどありません。では、スギ花粉症に効くとされる薬の有効性を人に試す試験は春の時期だけの短期間に行われているのでしょうか。
そんなことはありません。実は人工的に花粉飛散を再現し、いつでも試験を行うことができる花粉症調査研究施設があるのです。どんな施設か気になりませんか?
花粉症クエストとNPO法人「花粉症・鼻副鼻腔炎治療推進会」(http://hanamizu.jp)が共同連載している『名医が教える!花粉症の治し方』では、世界で最高レベルの性能と評価される花粉曝露室「OHIO Chamber」(オハイオ チェインバー)がどのようなところか見学に行ってきました!ここではその内容を詳しくレポートします!
1.見学してみた!
花粉曝露室「OHIO Chamber」は、東京都新宿区のビルの中に開設されています。
花粉を人工的に飛散させるチェインバー室(試験室)はこのようなところです。最大15人まで同時に試験可能です。
チェインバー室(試験室)
試験に協力する被験者の方は、エアシャワーを浴びてこの部屋に入室します。
エアシャワー
被験者が入室する様子
(株)東京臨床薬理研究所提供
被験者はこの室内で一般的に約3時間、長ければ6時間程度、花粉を浴びることになります。水は室内に用意されていますが、飲食は基本的にNGです。携帯電話は持ち込み可能ですが、ゲームなど熱中しすぎて症状に影響する可能性があるようなことは室内では禁止となっています。
花粉曝露をおこなうと、被験者の方はくしゃみや鼻水、鼻づまりなどの症状が出てきますが、そのつらさを一定時間ごとに記録したり、くしゃみをすると、手元の調査票に回数をカウントします。また鼻をかんだティッシュは、試験の後に回収しますが、その重量を計測して、出た鼻水の量を測定することに用いられます。
テレビや雑誌を見ながら試験に参加する被験者
橋口一弘院長提供
室内にトイレもあります。
手前に見えるのがオペレーションルームです。ここから花粉飛散量をコントロールしたり、被験者の様子を観察します。オハイオ チェインバーで行ったこれまでの試験では、被験者の方がアナフィラキシーなど具合が悪くなったケースは発生していません。
ガラス窓の手前がオペレーションルーム
橋口一弘院長提供
室内に散布する花粉は自然界から採取されたものが販売されています。
スギ花粉が入ったボトル
この花粉を機械で試験室に供給します。
花粉をチェインバー室(試験室)に供給する機械
室内に散布された花粉は濃度が均等になるように空調が設計、調整されています。
通常、花粉濃度は8000個/m³に設定されて試験が実施されています。8000個/m³といえば自然環境では飛散ピーク時に相当する濃度であり、被験者の方が間違いなく症状を発症するため、この設定になりました。
チェインバー室(試験室)
(株)東京臨床薬理研究所提供
このシステムを開発するにあたっては、室内の場所に依存せずに花粉濃度が均一になるようにすることが重要でした。ここまで精密に室内環境をコントロールできるシステムを保有する花粉曝露室は他にないと言われています。
(株)東京臨床薬理研究所提供
橋口一弘院長提供
さらに驚くべきは、一回の試験ごとに室内を純水(水道水でなく、実験などに用いられるきれいな水!)で洗い流すことです。そのために、水垢が残らないようになっています。また段差のあるところには花粉が残りやすくなるので、窓サッシに花粉が溜まらないように、窓が平面になっています。
窓にサッシがなく、段差がない
天井にある4つのスプリンクラーから純水が噴射され、室内が洗い流されます。その後、半日かけて乾燥させます。
天井のスプリンクラー
(株)東京臨床薬理研究所提供
(株)東京臨床薬理研究所提供
オハイオ チェインバーを実際に見学してみると、試験時には花粉が室内に均一に分布され、試験後には室内全体がきちんと水洗い・乾燥されるように設計されたデリケートな空間であること、また被験者のストレスをできるだけ排除するように工夫がされているやさしい施設であることがわかりました。
もう少し詳しくオハイオ チェインバーのことを知るために、オハイオ チェインバーの開発に当初から関与し、日本における花粉曝露室研究のパイオニアである、ふたばクリニックの橋口一弘院長と、施設のオペレーションを担当している株式会社東京臨床薬理研究所の清水聡子さん、出射果奈さんに、オハイオ チェインバーについてお話を伺いました。
左から出射さん、橋口院長、清水さん
2.詳しく聞いてみた!
- Q:最初に、花粉曝露室がどのような用途に用いられるのか教えてください。
花粉曝露室は、花粉症に関する医薬品や食品などの有用性を確認する試験や、マスクや空気清浄機などの機能性評価試験を行うことができる調査施設です。開発段階の医薬品の場合であれば治験(臨床試験)に、発売済みの医薬品であれば臨床研究に利用されています。
また、花粉症のメカニズムを解明するための学術的な研究に使用されることもあります。
- Q:花粉曝露室で医薬品開発などにどのようなメリットが生まれましたか。
花粉曝露室がない頃は、花粉症に関する試験を行おうと思っても、実際に花粉が飛散している時期に実施が限られていました。オハイオ チェインバーは2005年に完成しましたが、このような施設があれば、短い花粉飛散時期に縛られることなくいつでも試験ができるようになったのが最大のメリットです。自然環境で治験を行う場合、春まで待たなくてはなりませんし、もしその年の花粉飛散量が非常に少なったときには更にもう1年試験を待たなくてなりません。しかし花粉曝露室であれば人工的に花粉飛散状況をつくれるので、花粉の季節を待たなくても試験ができ、薬剤効果がこれまでよりも早く出せるようになりました。
- Q:オハイオ チェインバーはスギやヒノキ以外の花粉の試験にも対応していますか。
今のところ、スギとヒノキの花粉だけに対応しています。理由は、花粉の大きさや重量で花粉の飛び方が変わってしまうからです。オハイオ チェインバーは室内の花粉飛散濃度が均一になるようにコンピュータシステムで制御されています。スギとヒノキでれば花粉が似ているため同じシステムを利用できますが、それ以外は大きさや重量が大きく異なるため、同じシステムでは均一な花粉濃度環境を室内に創出することができないのです。もちろん、理論的にはブタクサやイネ科花粉向けのシステムを開発することは可能です。
- Q:どこがそのコンピュータシステムを開発したのでしょうか。
新菱冷熱工業株式会社という、空調、電気、給排水衛生、コージェネレーションなどの 総合的な環境エンジニアリングを手掛ける企業が独自に開発しました。先ほど見学してもらった試験室の「自動洗浄・乾燥システム」や「花粉供給システム」はすでに特許も取得しています。オハイオ チェインバーは非常に高度なテクノロジーに裏打ちされおり、世界でも最高レベルの性能と賞賛される花粉曝露室なのです。
オハイオ チェインバーの性能
(株)東京臨床薬理研究所提供
- Q:オハイオ チェインバーがよく利用される検査対象は何ですか。
ほとんどが医薬品です。中でも病院で処方される医療用医薬品が大多数です。新薬開発のための治験や、薬の発売後に別の効果を試験するための臨床研究でよく使用されます。
- Q:薬が発売されるための治験の流れや、その流れの中でオハイオ チェインバーなどの花粉曝露室がどのように活用されるのかを教えてください。
治験は臨床試験ともいわれ、人に対して薬や医療機器の有効性や安全性を試験するものです。試験には3段階があります。花粉症の薬を例にあげると、
第1相試験:花粉症でない健康な人が対象で、薬の副作用が出ないかなどの安全性を確認する試験です。
第2相試験:花粉症の患者さんが対象で、どのぐらいの薬の量であれば効果が出るのかを試験します。同時に安全性も確認します。
第3相試験:第2相で確定した分量の薬を、多くの花粉症患者さんに使用してもらい、効果が出るのか、どのような副作用が出るのかを試験します。
第3相を終了した後に、厚生労働省に承認申請を行い、認可が下りたものが薬として国内で販売可能になります。
オハイオ チェインバーは、新薬の臨床試験の場合には第2相で使用されたことがあります。新薬の場合には第3相は自然環境で行わなくてはいけないという国の規則があるので花粉曝露室は使用できないのですが、すでに発売済みの薬では、第3相でも使用可能です。
- Q:日本で花粉曝露室はいくつありますか。
3施設です。
2004年に最初の花粉曝露室が和歌山県にできました。2005年にはこのオハイオ チェインバーが都内に、2008年には千葉大学に開設され、現在、日本にある花粉曝露室は3つです。それぞれの施設ごとに花粉供給システムや収容人数が異なります。
- Q:海外にも花粉曝露室はありますか。
欧州にはオーストリア、ドイツ、フランスなどに4、5施設あります。アメリカとカナダにも5、6施設あります。海外ではスギやヒノキの花粉症はありませんので、ブタクサやイネ科花粉を人工的に飛散させる花粉曝露室です。
- Q:ダニやペット、PM2.5など花粉以外のアレルゲンに対応する曝露室はありますか。
花粉であっても、スギやヒノキのように球形でないと、室内の花粉濃度を均一にする供給システムを開発するのは非常に難しいと言われています。例えばブタクサ花粉は表面がデコボコしているため、空気中の浮遊の動きを予測するのが難しく、オハイオ チェインバーと同レベルの花粉供給システムを実現するのは簡単ではありません。
ダニやペット、PM2.5 などのアレルゲンを含む物質は同じ形、サイズではないため、それらの濃度が均一に保たれる空間を人工的につくるのは相当困難です。ドイツの曝露室ではダニに対応していると聞いていますが、具体的にどういうシステムでダニの室内環境を作っているのかは公開されていません。
- Q:最後に、オハイオ チェインバーの今後の展開について教えてください。
今は、スギやヒノキの花粉のみに対応していますが、将来的には対応できる物質を広げていきたいと考えています。スイッチひとつで、スギ花粉と別の物質の供給とが切り替わるような曝露室です。それが実現すれば、鼻炎や喘息などのアレルギー疾患を治すことができる薬やグッズの開発をより促進できると思っています。
Q:橋口先生、清水さん、出射さん、今日は貴重な体験をありがとうございました!
♦取材後記♦
花粉曝露室という言葉からなんとなく”こんなところだろう”と想像して見学に伺いましたが、実際に見てみたり、お話を聞いてみると、大変高度な技術で精緻に開発、制御、運営された試験室であることがわかり、”日本のこだわりってすごいなぁ”と改めて感心させられました。こういうところで臨床試験を経て世に出される花粉症の薬であれば、効果や安全性に信頼を寄せることができますね。
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