重症のスギ花粉症に悩む患者さんを対象に、ゾレアという薬を注射する抗体医療が2020年シーズンからスタートしました。同じ薬を用いて、気管支ぜんそくやじんましん向けにはすでに世界各国で治療が行われていますが、花粉症向けには世界で初めてです。
そこで、花粉症クエストとNPO花粉症・鼻副鼻腔炎治療推進会の共同連載「名医が教える!花粉症の治し方」は、今回の臨床試験(治験)に責任者として従事した日本医科大学・耳鼻咽喉科 大久保公裕教授(*)に、ゾレアによる治療とはどのようなものか、治療の行い方や効果などをお聞きしました。
(*)大久保公裕教授は、NPO花粉症・鼻副鼻腔炎治療推進会の理事長にも就任している。
1.ゾレアによる治療とは
- Q:スギ花粉症患者の治療薬として、「ゾレア」(一般名:オマリズマブ)が2019年12月に承認されました。ゾレアを用いた治療とはどのようなものか教えてください。
(大久保先生)ゾレアによる治療とは、薬を皮下に注射することで、身体の中からIgEというアレルギーを起こす物質をなくして症状を抑えるものです。抗体医療と呼ばれています。
すでに気管支ぜんそくや慢性じんましんの患者さんにはゾレアを用いた治療が行われており、症状を抑えることができています。今回、重症または最重症(*)のスギ花粉症患者さんにもゾレアによる治療が世界で初めて可能になりました。
(*)重症または最重症とは
花粉症の重症度は、「1日に起こるくしゃみ発作の平均回数」「1日に鼻をかむ平均回数」「鼻づまりの程度」「日常生活の支障度」などによって「軽症」「中等症」「重症」「最重症」に判定されます。「1日のくしゃみの回数が11回以上」、「1日の鼻をかむ回数が11回以上」、「1日の大半が鼻づまり」のいずれかに該当すると重症または最重症を総称する「重症花粉症」の可能性です。
- Q:ゾレアのしくみを教えてください。
(大久保先生)ゾレアは抗IgE抗体とよばれるたんぱく質で、遺伝子組換えという最先端バイオテクノロジーによって生み出された医薬品です。
ゾレアは体内でIgEに対抗するように結合します。すると、IgEはマスト細胞(*肥満細胞ともいう)に結合できなくなります。これにより、マスト細胞は体内に侵入してくる花粉などのアレルゲンと結合できなくなり、活性化が妨げられます。その結果、ヒスタミンなどの化学物質がマスト細胞から放出されなくなり、アレルギー反応が未然に抑えられると考えられています。
Point! 花粉症とゾレアのしくみ
✅花粉症が起こるしくみとは・・・
身体の中に花粉が侵入し(①)、花粉アレルゲンに対するIgE抗体ができると(②)、IgE抗体はマスト細胞にくっついて待機します。
再び花粉アレルゲンが体内に侵入しIgE抗体に付着すると(③)、マスト細胞からヒスタミンやロイコトリエンなどの物質が放出されます。(④)それらが神経などを刺激して症状が起こります。(⑤)
✅ゾレアを注射すると、どうして症状が抑えられるのか・・・
身体にIgE抗体ができても、ゾレアがそれらをマスト細胞にくっつかないようにして、花粉症の原因となるヒスタミンなどの化学物質が放出されないことを狙っています。
2.ゾレア治療のQ&A
スギ花粉症のゾレア治療で、よくある質問についてお聞きしました。
- Q:治療は誰でも受けられますか?
(大久保先生)スギ花粉症の重症、または最重症と診断された患者さんが対象です。抗ヒスタミン薬(編集部注:ビラノアやアレグラなど)や鼻噴霧用ステロイド薬(編集部注:アラミストなど)などを1週間使って治療しても重症な場合に、ゾレア治療が可能になります。ただし、血液中の総IgE値と体重から、換算表(*下に記載してある表)に該当しない場合は現状ではゾレアによる治療対象になりません。
- Q:治療はいつから受けられますか?
(大久保先生)スギ花粉症の症状が重症であれば、いつでも治療を開始できます。
- Q:治療を始める前に何を行いますか?
(大久保先生)抗ヒスタミン薬で1週間治療して、抑えきれないことを確認して、その後に正確な体重と血液中の総IgE値を測定します。それらの値から、1シーズンあたりの皮下注射を行う回数、投与量、期間などが決められます。
- Q:注射の回数の目安を教えてください。
(大久保先生)原則は4週間に1回注射を行います。いつから治療を開始するかにもよりますが、通常は1シーズンに1~2回の注射ですむと思います。しかし、体重が重かったり、総IgE値が高かったりすると、2週間に1回の注射が必要になります。
- Q:どのような効果が期待できますか?
(大久保先生)くしゃみ、鼻水、鼻づまりといった鼻の症状だけでなく、目のかゆみなどの目の症状も抑えられます。
また、ゾレアはスギ花粉の特異的なIgE抗体だけに結合するのではなく、すべてのIgEに結合することを目標としているので、アレルギー反応によっておこる症状のすべてに効果的であると考えられています。
- Q:副作用はありますか?
(大久保先生)注射の部位の痛み以外は、ほぼ副作用はありません。眠気が起こるようなこともありません。
- Q:治療を受けられる年齢は?
(大久保先生)12歳以上です。
- Q:妊娠中、授乳中の女性は治療を受けられますか?
(大久保先生)治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合には投与が可能になりますが、まずは医師に相談してみてください。
- Q:治療でゾレア以外に必要な薬はありますか?
(大久保先生)ゾレア治療中は、抗ヒスタミン薬を服薬することが定められています。
- Q:治療中に抗ヒスタミン薬以外の花粉症薬を併用できますか?
(大久保先生)抗ヒスタミン薬以外の内服薬(編集部注:例えばオノン、キプロスなどの抗ロイコトリエン拮抗薬)、点鼻薬や点眼薬なども併用可能です。
- Q:治療中に花粉症向け以外の薬(例:風邪薬)を使用できますか?
(大久保先生)問題ありませんが、事前に医師に相談する方がいいでしょう。
- Q:どこで治療を受けられますか?
(大久保先生)規定の研修を終え、耳鼻咽喉科やアレルギー診療の一定の経験を積んだ医師のいる病院やクリニックなどで治療を受けることができます。
- Q:費用はどのくらいかかりますか?
(大久保先生)薬の費用ですが、1回の投与量が150㎎の場合、約2万9000円です。保険適用3割負担だと、約8700円になります。患者さんの体重や総IgE値によって投与量が変わるので、300㎎の投与量が必要な場合だと2倍の値段になります。
薬の費用以外に、初診料、再診料などが別途かかります。
*価格は2023年1月現在で75㎎シリンジが14812円、150㎎シリンジが29147円。
(換算表)4週間毎投与の場合
(換算表)2週間毎投与の場合
- Q:治療中に普段の生活で注意すべきことがありますか?
(大久保先生)特段ありません。マスク、眼鏡など一般的に必要とされる花粉対策をしっかり行ってください。
【花粉対策の3か条】
- 花粉を持ち込まない:マスク、メガネ、ポリエステル系のアウター など
- 花粉を排除する:手洗い、うがい、鼻うがい など
- 花粉をまき散らさない:部屋干し、こまめな掃除、空気清浄機 など
- Q:ゾレア治療はスギ以外の花粉症以外にも効果がありますか?
(大久保先生)海外ではブタクサ、イネ科などの花粉症にも効果があるという研究結果が報告されていますが、治療にはまだ使われていません。
日本でも、すでにじんましんや重症の気管支ぜんそくの治療に用いられていますが、世界で初めてスギ花粉症に限定して花粉症にも適用になりました。
3.まとめ
海外の調査によると、他の病気よりも花粉症・アレルギー性鼻炎による生産性の損失額が最も大きいと報告されています。ゾレアの治療によって、つらいスギ花粉症でお悩みの患者さんが生活の質(QOL)や、日常生活に必要な集中力・判断力・作業能率(パフォーマンス)を向上できれば、社会の活性化につながります。
大久保先生、貴重なお話をありがとうございました!
■大久保公裕先生プロフィール
免疫アレルギー性疾患を専門に研究し、花粉症治療において日本を代表する医師。国や企業と共同でアレルギー性鼻炎の新しい免疫療法の開発を積極的に進めている。スギ花粉症の舌下免疫療法やゾレア治療法の開発では大規模臨床試験の責任者として治療法確立に大きく貢献した。
- 1984年 日本医科大学 卒業
- 1988年 日本医科大学大学院 修了
- 1989年~1991年 アメリカ国立衛生研究所(NIH) 留学
(現在)
- 日本医科大学大学院医学研究科 頭頸部感覚器科学分野 教授
- NPO花粉症鼻副鼻腔炎治療推進会 理事長
- 日本耳鼻咽喉科学会 代議員
- 日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会 理事長
- 日本アレルギー協会 理事
- 「第58回日本鼻科学会総会・学術講演会」(2019年 東京)会長
- 「第38回日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会」(2021年9月 横浜とオンライン)会長
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